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みなさんは、文章を書くということを、どのように考えていますか。
心のなかにもやもやと存在しているものを、ことばで書き表わしてみると、自分の感じたり考えたりしていることが、はっきりと見えてきて、それによって自分をあらためて見直すということがあるでしょう。
文章には、心で感じたり考えたりしていることを、整理する働きがあります。
また、文章を通して自分が考えたことを相手に伝え、相手からもまた考えを示されて、お互いに心を通じあって生きてゆくことができます。
これは、人生において文章のもつ重要な役割です。
さらに、自分の考えを広く世間に訴え、それが世の不正を正していくきっかけになるなど、社会人としての使命を果たす場合もあるでしょう。
そうして、社会に目を向けると、自分だけの考え方に固執するだけではなく、広く世の人びとの意見や生き方に耳をかし、世の出来事を客観的にみつめる目も、養われてゆきます。
文章を書くということは、こうしたさまざまな働きを、みなさんの日々の生活に与えてくれます。
とくに、さまざまな価値感の存在している現代社会を生きてゆくためには、自分の考えをはっきりととらえ、それを正確に相手に伝えてゆくことが必要です。
そうした意味では、今日ほど、文章を書く力が求められている時代はないといえましょう。
ところが、書く力の必要なことはわかっていても、なかなか文章は書けないものです。
一枚の紙を前にし、一本のペンを手にして、さあ書こうとはするものの、どう書いてよいかわからないまま、書こうとしていた気持ちまでしぼんでしまうことが、よくあるものです。
ことばは心を裏切ると、よく言います。
感じたことや考えたことをことばで表現してみると、どこか気持ちとくいちがってくるのです。
ことばはなかなか心を正直に伝えてくれません。
ことばを見出さないもどかしさがペンを止めてしまいます。
文章を書くという作業は、何もない野原に一軒の家を建てるようなものです。
設計図も必要ですし、材料も吟味しなければなりません。
住行人の好みも考える必要があるでしょうし、周囲との調和ということにも心配りが要るでしょう。
心に思ったことを文章にするには、どうしても手順が要るのです。
文章を書くにあたっての手順を、つぎのようにまとめてみました。
文章は話題で決まります。
まず話題を見つけましょう。
話題が決まったら、表題を考えます。
その上で、この文章の読み手がだれかを考えましょう。
話題が決まったら、内容を具体的に考えましょう。
また、その話題に関する書物を読んだり資料を調べたりして、正確で豊富な内容にするための準備作業をすすめましょう。
内容がまとまったら、文章に仕上げる工夫をしましょう。
原稿用紙の枚数に応じて、章段の分け方や資料の使い方、具体例の効果的な表わし方などを考えます。
文章は、ふつう、つぎのような三段落で構成されています。
この展開に変化をつけるならば、「起・承・転・結」のつぎの四段落構成になります。
話題の提示↓話題の考察↓考察の発展↓意見の明示全体の設計図が描けたら、文章として表現する上でつぎの点に配慮をしながら、早速みると、それぞれに異なる意味やイメージ、リズムを表わしています。
漢字・ひらがな・カタカナの表現効果を、使い分けましょう。
以上のような手順にしたがって書けば、文章になるのだと考えてください。
一冊の手帳を持って、いつでもどこでも、見たこと、感じたこと、考えたことを、一行でもよいから文章にして書き記すことをすすめます。
画家がデッサンを怠らぬように、日ところで文章には、日記、感想文、あるいは小説、詩歌などさまざまな様式があります。
そうして、それらの様式にふさわしい書き方が、それぞれ求められます。
この本では、日記、手紙文、説明文、感想文、小論文について、その書き方を考えていきましょう。
みなさんは「日記」をつけていますか。
毎日つける人、ときどき思いついて書は書かれているようです。
だが、書きなれないために日記に親しめない人もいるでしょう。
日記には、何をどう書かなければならないという決まりはもちろん、約束ごともありません。
あるとすれば、日記を書く人が、自分に課した書き方だけです。
毎日の天気はかならず書き入れようとか、電話の相手を記しておこうとか、書きたい時だけ書けばよいとかいうように、みずから作る約束ごとにしたがって一日という時間単位で書いてゆけば、それは日記になります。
日記ということばにとらわれずに、自由に日々書き記すことが日記なのだと考えてみましょう。
作家の武田泰淳が、文章など書いたこともなかった奥さんの百合子さんに、日記をつけさせようとしてつぎのように話したそうです。
簡にして要を得た「日記のすすめ」になっています。
「面白かったことやしたことがあったら書けばいい。
日記の中で述懐や反省はしなくてもいい。
反省の似合わない女なんだから。
反省するときや、必ずずるいことを考えているんだからな。
百合子が俺にしゃべったり、よくひとりごといってるだろ。
あんな調子でいいんだ。
自分が書きたいやり方で書けばいいんだ」
なにも反省の記録を書いてはいけないと言っているのではありません。
ただこの一文には、日記は自己反省の場といった考え方が強く言われ過ぎていることにたいする、武田泰賢き群素の明治四十年、四十一歳の日記です。
前年、『坊っちゃん』や『吾輩は猫である』を発表して好評を博し、朝日新聞社入社を決めた直後の旅日記です。
実に気ままな書き方で、写真で見る文豪漱石の姿からは想像もつきません。
東京から京都までの車窓からの風景が、山から梅の木そして松林へというように、視点の移動を巧みに利用して、ことばでデッサンされています。
句が記されるかと思うと、鳥がへの字、くの字に鳴くだの、書き方など、吹き出すほどのおもしろさです。
旅先で夜、耳を澄ましている漱石の姿が、よく写し出されています。
この日記は、どこで切れてもよく、一項目ずつが独立しているように、読めば読めます。
漱石はこんなふうにして、俳句を作る練習を日々していたのかもしれません。
気ままに書く、実はそれが難しいのです。
日記はだれにも見せず、見られないように書きつつ、やはりどう書こうかと考えこんでしまいます。
書き方を考えたり、ことばを選んだりしてしまうものです。
読者がいなくても、自分をみつめるもう一人の他者なる自分に気を使うものらしいのです。
そして、どうせ書くなら、まともな文章、だれに読まれても笑われない文章をと、どこかで考えてしまいます。
そこで、あまり面倒ではなく、しかも簡単な日記の書き方の一つを見てみましょう。
それは、日々の天候の記録です。
さきの武田泰淳も「天気だけでもいい」と言っていました。
「晴」だの「曇」だのと書かずに、毎日毎日、少しずつ表現を変えて、天候を記していた人がいます。
それは石川啄木です。
啄木が、函館大火を契機に札幌へ居を移す明治四十年の日記です。
「空はれて高く」と書かれていると、この日啄木の心はさわやかだったのだろうと読まれます。
おもしろいもので、心に虚しい悲しみがあるときは、抜けるような青空はかえって拠りどころのない不安の象徴のように思えるものです。
晴れ渡る空がしゃくにさわって、空模様の記述を省略することもあるでしょう。
また、「快晴」一語の日記が、あとで、その一日の自分の心の内の葛藤の渦を。
ありありと思い出す信号とたってくれる場合もあるでしょう。
啄木にもたかが天候、と思わぬことです。

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